HOME > トロッコ嵯峨駅19世紀ホールのご案内
19世紀のテクノロジーが集結、19世紀ホール

19世紀ホールは、その名の通り「19世紀」が凝縮されたテーマ館。21世紀の今となっても決して色あせることのない19世紀の技術文明を間近で体験することができます。19世紀ホールをお目当てにトロッコ嵯峨駅に来場されるお客様もいらっしゃいます。贅沢で優雅な空間と先人達が築いたテクノロジーをゆっくりとご鑑賞ください。
技術と芸術の融合、その勇ましい姿が目の前に
蒸気機関車が発明されたのは19世紀初頭。日本でも19世紀後半である明治5年(1872年)に新橋〜横浜間に鉄道が開業しました。19世紀ホールには、レプリカではなく多くの乗客の夢や希望をのせて実際に日本各地を走り回ったSLたちが4台も展示されています。C56、C58、D51、若鷹号というSLファンならずともほれぼれする美しいフォルムのSLたちが、いまでも現役で走り出しそうなほどピカピカに磨き込まれて展示されています。
D51-603 過熱テンダー機関車

このD51「デコイチ」はSLの代名詞のような機関車で、その優秀な性能と構造において我国SLの完成された姿とも言うべきで正に国産最大の名機である。勾配線にも強く戦前戦後を貫いて世代の要請に応え大活躍を果たした機関車である。史上最多数の量産機関車で、東海道本線・山陽本線はもとより広く全国にその足跡を印し、我国産業の興隆と文化の進展に寄与した。晩年は北海道で活躍し昭和50年4月13日追分機関区の機関車々庫の火災に遭遇し、機関車の後部半分を焼失し煙室部分のみ焼け残ったと言われている機関車である。この機関車の処分は今尚、廃車でなく保留である。
| 軸配置 | 1-D-1 |
|---|---|
| 製作会社 | 日立製作所 |
| 製造年 | 昭和16年 |
| 保留 | 昭和51年3月札幌管理局追分機関区 |
| 全長 | 19.5m |
| 全重量 | 125t |
| 動輪直径 | 1400mm |
| 火床面積 | 3.27m2 |
| ボイラー圧力 | 14kg/cm2 |
| 最高速度 | 85km/h |
| 最大馬力 | 1566ps |
| 石炭×水 | 8t×20m2 |
C58-48 過熱テンダー機関車

この機関車は「貴婦人」として名高い「C57」の弟分でその長所を十分取り入れた性能をもち「8620」や「C50」の代替機としてC57より一年遅れて登場した名機である。C57と比較すると、先輪は1軸で動輪直径は1520mmとひと回り小さく曲線に強く半径300mのカーブも平気であったと言われている。特に関西地方の至るところでよく働き、関西線・奈良線・和歌山線・紀勢線などのSL時代を最後まで頑張り続けたのがこのC58である。最後は昭和49年北海道の釧路鉄道管理局でその使命を終え勇退した。
| 軸配置 | 1-C-1 |
|---|---|
| 製作会社 | 川崎車両 |
| 製造年 | 昭和13年 |
| 保留 | 昭和49年釧路管理局 |
| 全長 | 18.27m |
| 全重量 | 100.2t |
| 動輪直径 | 1520mm |
| 火床面積 | 2.15m2 |
| ボイラー圧力 | 16kg/cm2 |
| 最高速度 | 85km/h |
| 最大馬力 | 1097ps |
| 石炭×水 | 6t×17m2 |
C56-98 過熱テンダー機関車

この機関車は鉄道ファンから愛称で「ポニー」と親しまれ、その名のように軽快なリズムで走る愛らしい仔馬のようなSLである。C56は昭和10年から小型・軽量で最初からローカル線の客貨両用機関車として製作された。C12タンク機関車と共通設計で、ただタンクがテンダー化したものである。外観の大きな特徴はテンダーの両サイドを斜めにカットしている。これは転車台で転向しなくても、バック運転時の見通しを良くする為である。晩年は山陰線で活躍し米子鉄道管理局でその使命を終えた。
| 軸配置 | 1-C-1 |
|---|---|
| 製作会社 | 日本車両 |
| 製造年 | 昭和12年 |
| 保留 | 昭和49年米子管理局 |
| 全長 | 14.3m |
| 全重量 | 65.53t |
| 動輪直径 | 1400mm |
| 火床面積 | 1.3m2 |
| ボイラー圧力 | 14kg/cm2 |
| 最高速度 | 75km/h |
| 最大馬力 | 566ps |
| 石炭×水 | 5t×10m2 |
若鷹号

若鷹号は、日本国有鉄道鷹取工場技能者養成所の生徒によって、昭和14年9月に改造された蒸気機関車で、若い鷹取工場職員の実習用に愛用されるというので若鷹号と名付けられました。この機関車の前身は、大正10年ドイツのコッペル社製の2軸動輪の小型機で、四国の東部を走っていた「4型7号」です。その後、岡山機関区の入換用に使用され、昭和12年春にその役目を終え鷹取工場に送られてきました。工場では、台枠を前後1170mm延長し、動輪を後ろに移動し、スベリ棒、ピストン棒を長く、ボイラー高く、運転室を広くするなどの改造を行い、小型ながらも当時としては近代的装備の機関車として蘇りました。平成12年3月をもってJR西日本の鷹取工場が100年の歴史を閉じることになりましたが、若鷹号を廃業することを惜しむ声が多く、トロッコ嵯峨駅の構内に展示し、永くその雄姿を保存することとなりました。
| 全長 | 5,553mm |
|---|---|
| 全重量 | 11.7t |
| 動輪直径 | 800mm |
| 使用圧力 | 12kg/cm2 |
世界の名器ベーゼンドルファーの奏で

ホールのほぼ中央、誰もがその姿に目を奪われる存在感を発揮しステージ上に鎮座しているのが、世界の名器ベーゼンドルファー。ベーゼンドルファーはスタンウェー、ベヒシュタインと並ぶ世界的な大型コンサートピアノメーカーのひとつ。なかでもベーゼンドルファーは「ウインナートーン」と呼ばれる美しい音色が特色。朗々と歌うようなトーンで、とくにピアニッシモ(できるだけ弱く、の意)の音域で美しさを発揮するといわれています。
ベーゼンドルファーピアノは19世紀前半、ウィーンに誕生。ベートーベン、モーツアルト、ショパン、リスト、シューベルト、バッハ、ブラームス、メンデルスゾーン、ドボルザークといった巨匠たちはすべて、このベーゼンドルファーで多数の作曲をしたといわれています。
そしてトロッコ嵯峨駅・19世紀ホールに展示しているベーゼンドルファーは、ただのベーゼンドルファーではありません。コンサート用ピアノは一般的に、奥行260cm前後で鍵盤数は88。ところが19世紀ホールに展示しているベーゼンドルファーは「インペリアルモデル」で、奥行290cmと30cm近くも大きく、そして鍵盤数は最低音部が9鍵多い97鍵盤。世界一のグランドピアノといっても過言ではありません。ちなみに、インペリアルモデルの最低音部は、人間が音として聴き取れる可聴音域の限界といわれています。
このインペリアルモデルには、ハプスブルグ家の紋章が記されています。まさに世界最高峰の名器のシンボル。
クラシック音楽の古典から現代までを表現
『アーレンオルガン “Quantum”』

パイプオルガンの起源は古く13世紀頃にはヨーロッパの大教会はこぞってその建造を競った記録があります。14-15世紀頃にはオルガン音律の研究も進み、幾世紀にもわたって諸機能を充実しつつ、パイプオルガンは楽器の『女王』として君臨してきました。その歴史の足跡を忠実に踏まえながら、現代で求めうる最先端電子技術を駆使して開発されたのが、『19世紀ホール』に設置された『アーレンオルガン“Quantum”』です。このオルガンが保有する音源ライブラリーは、完璧な音源の再生に留まらずオルガニストが求める演奏実現のことごとくに即応して、古典音楽から現代音楽までの全領域の音色・音質を忠実に実現できるオルガンとして驚くべき豊かさを誇っています。
オルガン製造元は、米国・ペンシルベニア州アーレンタウンにあって、全世界に広がる音楽ホール、オペラ劇場等に採用され、著名な世界のオーケストラとの共演、合唱団との共演などで活躍しています。
ここ『19世紀ホール』でも恵まれた音楽環境に応えて、“Quantum”はその機能を存分に発揮し、国内や海外から多くのオルガニストが訪れることと期待されています。